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千葉地方裁判所 平成7年(ワ)1299号 判決 1999年1月18日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

田中伸明

被告

東洋精箔株式会社

右代表者代表取締役

片山皓詞

右訴訟代理人弁護士

原和弘

主文

一  被告は、原告に対し、金五二〇一万〇八二二円及び内金四九〇一万〇八二二円に対する平成六年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六七〇三万〇二四九円及び内金六三〇三万〇二四九円に対する平成六年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、金属箔を製造する工場で竪型焼鈍炉における焼鈍作業中、同所に設置されたピット内で作業員が酸欠死した事故について、その母親が右事故は被告会社の従業員に対する安全配慮義務違反によるものであるなどとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  当事者

(一) 亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)は平成六年四月から被告に雇用され、後記本件事故により死亡するまで千葉市花見川区<以下略>所在の被告千葉工場内で、金属板の焼鈍脱脂作業に従事していた(当事者間に争いがない。)。

原告は亡太郎の母であり、亡太郎の被告に対する損害賠償請求債権を相続により取得した(<証拠略>、原告本人)。

(二) 被告は、各種金属の圧延製造、表面処理加工等を業とする会社である(<証拠略>、弁論の全趣旨)。

2  本件事故の発生(当事者間に争いがない。)

(一) 日時 平成六年一〇月二五日午後一〇時三〇分ころから翌二六日午前一時ころまでの間

(二) 場所 被告千葉工場内の竪型連続光輝ガス雰囲気焼鈍炉(以下「本件焼鈍炉」という。)のピット内(以下「本件ピット」という。)

(三) 事故態様 亡太郎は、平成六年一〇月二五日午後七時から、同僚の訴外大川光一(以下「大川」という。)と共に、本件焼鈍炉においてアルゴンガスを使用した焼鈍脱脂作業に従事し、午後一〇時三〇分ころ、材料の金属板の切れ目に新たな補給材料を接続するつなぎ作業をした後、本件ピット内に一人で降りていた。

その後、翌二六日午前一時ころ、大川が、本件ピット内で倒れている亡太郎を発見し、他の従業員に知らせるとともに、本件ピット内に降りて同人を助けようとしたが、大川も意識を失い、駆けつけた他の従業員らが二人を本件ピット内から引き上げて救助し、亡太郎は千葉県救急医療センターに搬送されたが、酸欠により既に死亡していた(以下「本件事故」という。)。

3  原告は、本件事故に関して、労働者災害補償保険から遺族補償年金前払一時金七八八万六〇〇〇円、葬祭料五一万六五八〇円、遺族特別支給金三〇〇万円、特別一時金五四万三〇〇〇円の支給を受けている(当事者間に争いがない。)。

三  争点

1  亡太郎の死因及び本件事故の原因

(一) 原告の主張

本件ピット内では、平成六年一〇月二五日午後一〇時三〇分の数時間前から、本件焼鈍炉の下部(エッジ部分)よりアルゴンガスの漏出が始まり、排気環境が悪かったために、本件ピット底部に滞留して低酸素状態になっていたところに、午後一〇時三〇分ころ、前記のとおり本件ピットに降りた亡太郎がまもなく酸欠状態に陥って倒れ、発見、救出が遅れたために酸欠死したものである。

(二) 被告の主張

亡太郎が酸欠死したことは認めるが、本件事故当日の亡太郎の行動やその死亡時刻は不明であり、ことに、本件事故発生時間帯に本件ピット内に降りてワイパー清掃作業を行う必要性や作業の痕跡はなく、また、亡太郎は本件ピット内の廃油溜め付近に倒れていたが、同所での作業を窺わせる状況も認められない。そして、本件ピット内へのアルゴンガスの漏出、滞留やその経緯、原因についても明らかではない。

2  被告の責任の有無

(一) 原告の主張する被告の責任原因

(1) 債務不履行責任

被告には、その雇用する従業員が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう、労務場所その他の環境につき配慮すべき雇用契約上の安全配慮義務がある。その具体的内容は次のとおりである。

<1> 本件ピット内に設置された装置からアルゴンガスが漏出してピット内に滞留した場合には、同所で作業中の従業員が酸素欠乏症になり、ひいては酸欠死する危険があることを被告は認識していたのであるから、本件ピット内で作業する従業員に対し、その危険性について具体的に説明し安全教育を徹底すべき義務がある。

<2> 本件ピット内の本件焼鈍炉下部(エッジ部分)には冷却油槽(以下「油槽」という。)が接続して設置され、オイルシールで炉内からのガス漏れを防ぐ方法を採っているが、右エッジ部分からのガス漏れを防ぐには、炉内ガス圧の調整及び油槽のオイル量の確認、調整が不可欠であり、被告には、本件ピット内での作業前に右に関連する計器類の確認を従業員に厳守させるなど、これを適切に管理、調整すべき義務がある。

<3> 本件ピットは、建物床面より下に三メートル以上の深さがあり、そのため、本件焼鈍炉のエッジ部分から比重の重いアルゴンガスが漏出した場合には、本件ピット内に滞留しやすく、また、本件ピットは照明が不十分で、油槽のオイル量やガス漏れをピットの外から確認することが困難であり、さらに、本件ピットの周辺は、騒音が大きく、ピット内の声や物音はピット外では容易に聞き取ることができない。

したがって、被告には、ガス漏れが発生した場合に備えて、本件ピット内に酸素濃度計及び酸素濃度が低下し過ぎた場合の警報装置、オイル量計測器及びオイル量が減少し過ぎた場合の警報装置、強制排気装置又は外気導入装置を設置することによって、酸欠事故を防ぐとともに、本件ピット内での作業の危険性に鑑み、作業は二名一組で行い、ピット内での作業を他の一名がピット外部から確認し、不測の事態に備える態勢をとるようにし、それを従業員に厳守させる義務がある。

なお、被告は、昭和六二年五月五日、その秋田工場のピット内で、本件と同様のアルゴンガス漏れによる酸欠死事故を起こしており、右事故後労働基準監督署の指導を受け、秋田工場では、ピット内への強制排気装置及び酸素濃度計の設置、チェックシート使用による点検制度の確立等の対策を講じているにもかかわらず、千葉工場の本件ピットについては、右のような装置及び安全管理体制を何ら講じていない。

<4> 被告は、本件ピット内で作業する従業員に不測の事態が生じた場合に備え、本件ピット内に酸素マスクを設置し、緊急連絡用のブザーを設置する義務がある。

<5> 被告は、本件ピット内において事故が発生した場合に、どのような救命措置をとるべきか等について従業員に安全教育を施し、周知徹底すべき義務がある。

しかるに、被告は、右のような従業員に対する安全教育指導や炉内ガス圧の調整、オイル量の確認・調整の徹底、安全装置の設置及び安全管理体制の確立等の安全配慮義務を怠った結果、本件焼鈍炉のエッジ部分からアルゴンガスが漏出して本件ピット内に滞留し、酸欠状態になって、作業中の亡太郎を酸欠死させたのであるから、民法四一五条に基づき損害賠償責任を負う。

(2) 不法行為責任

被告の被用者である訴外斉藤清充(以下「斉藤」という。)は、本件事故当時被告千葉工場の工場長であり、本件事故の発生を未然に防止すべく前記(1)<1>ないし<5>と同内容の注意義務を負っていた。

しかるに、斉藤は、工場長としての職務を行うにつき右各注意義務を全て怠った過失により本件事故を発生させたものであり、被告は、民法七一五条一項に基づき、損害賠償責任を負う。

(3) 工作物責任

本件ピットは、工場の床を約三メートル掘り下げて設置されている土地の工作物であり、被告の所有である。

本件ピットには、酸欠事故を防止するために必要な安全設備である排気装置、酸素濃度計、避難ばしご、酸欠予防心得掲示板、ガス量の自動調節装置、警報装置等を欠いており、土地の工作物の設置に瑕疵があるというべきである。

(二) 原告の主張に対する被告の反論

(1) 原告の主張(1)及び(2)について

被告では、毎年新規採用の従業員に対し、入社時に必要な研修を行っており、亡太郎を含む平成六年度春採用の従業員に対しても、同年四月一日から同月七日にかけて研修スケジュールを立て、就業規則、社会保険、給与規定、会社組織、金属の基礎知識、職場規定・規律の質疑応答、職場における心構え、生産各工程の概要と安全等について、教育、実習を実施し、また右研修終了後も、配置された各職場において、上司及び同僚より担当業務の詳細な説明と安全配慮についての教育を行っている。

亡太郎についても、焼鈍作業手順の教育に当たっては、千葉工場において、作業内容を説明すると共に、その内容を本人に確認、徹底させるために、作業手順、確認事項のメモを作成・提出させ、その際、不測の事故に備えてアルゴンガス及びアンモニアガス使用時におけるピット内の危険性と安全確保についても詳細に注意事項を列挙して教示した。

また、本件焼鈍炉及びこれに附属する設備機器並びに作業体制が、本件事故当時におけるわが国の同種工場の実態・水準に照らして劣っていたという事情もない。そして、本件事故後の実験によっても、原告が主張するような酸素欠乏状態は発生していない。

(2) 原告の主張(3)について

本件ピットは、労働安全衛生法、同法施行令、酸素欠乏症等防止規則において、酸素欠乏危険場所とされておらず、したがって原告の主張するような措置を講じる義務はない。また、監督官署から同様の行政指導・勧告を受けた事実もない。

よって、原告が主張する安全設備等を欠いたからといって本件ピットに瑕疵があったとはいえない。

3  損害

(一) 原告の主張する損害

(1) 逸失利益 四九九三万二八二九円

亡太郎は昭和五〇年二月二〇日生まれで本件事故当時一九歳であり、死亡前六か月の収入が一七二万四七二四円であったから、これをもとに就労可能な六七歳までの逸失利益を、生活費(四〇パーセント)及び中間利息を控除して求めると右金額になる。

3,449,448×(1-0.4)×24.126=49,932,829

(2) 慰謝料 二〇〇〇万円

(3) 葬儀費用 一五〇万円

(4) 弁護士費用 四〇〇万円

(5) 損益相殺 八四〇万二五八〇円

労働者災害補償保険から支給された遺族補償年金前払一時金及び葬祭料の合計である。

(二) 被告の主張

亡太郎の生年月日、死亡前六か月の収入金額は認めるが、葬儀費用は被告が負担して支払済みである。

第三争点に対する判断

一  争点1(亡太郎の死因及び本件事故の原因)について

1  被告の作業体制及び焼鈍作業の概要について

証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告の千葉工場は、本件事故当時、工場担当役員(取締役)斉藤及び工場次長守保治(以下「守」という。)の下、二課(総務課、生産課)七係からなっていた。

生産課は、製品を製造する部署であり、第一製造係、第二製造係、第三製造係に分かれ、第一、第二製造係は圧延(金属材料を薄く延ばす作業)を、第三製造係は、圧延された製品の焼鈍、脱脂をそれぞれ担当しているが、このうち第三製造係では、品質管理係が作成した製造指示書に基づき脱脂(金属材料の表面を洗浄する作業)、熱処理(圧延により硬くなった金属材料を、焼鈍して軟化させる作業)を行い、指示された寸法に製品を切断し、検査のうえ箱詰梱包し、出荷する作業をしている。

熱処理は、圧延機によって圧延を繰り返しミクロン単位の箔にまで加工され硬化した金属材料を、焼鈍炉で焼鈍し柔らかくする工程であり、具体的には、焼鈍炉内のガス圧力(炉内圧力)が適正になるように、供給するガスの圧力、流量を調整したうえ、コイル状の金属材料(通板材)を焼鈍炉の巻出機にセットして流し始め、金属材料が焼鈍炉と冷却油槽を通過し、さらに脱脂工程を経て巻取機によって巻き取られていく過程を管理し、金属材料の張力を適正に保つと共に、傷の発生等不良品や故障が発生した場合に修復するというものであるが、右工程中、数時間ごとの金属材料の切れ目に際し、先行材料の端と新たな補給材料の端とを溶接により接続する作業(以下「つなぎ作業」という。)が必要になり、その際、金属材料のつなぎ部分が油槽を通過した後、その表面に付着している油分を除去するワイパーを円滑に通過するのを監視し、またワイパーに付着したごみを取るため、本件ピット内に降りて作業を行う場合がある。

(二) 本件事故当時の第三製造係は、係長の大土利男(以下「大土」という。)と佐藤照秋、リーダーの簾内徳人(以下「簾内」という。)、松岡鋼のほか、津谷善幸(以下「津谷」という。)、大川、幾野秀明、小林俊彦(以下「小林」という。)、鶴岡修一(以下「鶴岡」という。)、亡太郎等で構成されていたが、そのうち大土、簾内、津谷、大川、小林、亡太郎が熱処理を担当していた。

生産課の従業員は、二交代制で、一週交代で一直(午前八時三〇分から午後五時三〇分までの日勤)と二直(午後七時から翌朝四時までの夜勤)を行っていたが、本件焼鈍炉は二四時間稼働しているので、日勤と夜勤の間の時間は早出や残業を行っていた。日勤の焼鈍脱脂作業は三名体制で、夜勤は二名体制をとっており、夜勤は、焼鈍、脱脂の各作業にそれぞれ一名ずつ従業員を配置していた。

2  本件施設の概要について

証拠(<証拠略>、検証の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件焼鈍炉について

本件焼鈍炉及び被告秋田工場の焼鈍炉は、同じ竪型の焼鈍炉であり、いずれも訴外日立金属株式会社(以下「日立金属」という。)が設計したもので、秋田工場の焼鈍炉は日立金属が全体を製造したが、本件焼鈍炉は、一部(炉体、冷却体、制御板(ママ)といった心臓部)を日立金属が製造し、残部を被告が自ら製造したもので、昭和六三年に、それまで使用していた旧式の焼鈍炉と入れ替える形で設置したものである。

本件焼鈍炉は、千葉工場内の熱処理ゾーンの南西隅に位置し、西側は金属箔の切断室に、北側は四段圧延機ゾーンとそれぞれ壁を隔てて隣接している。本件事故当時、本件焼鈍炉の東側には、金属材料の巻取機や各種計器類があり、西側の壁の前のスチール製ロッカーには酸素呼吸(ママ)器が収められ、また、南側には、横型分解炉、アンモニアガス分解炉、アンモニア精製筒、アルゴンガス圧力流量調整器、横型焼鈍炉制御盤、分電盤が設置されていた。また、本件焼鈍炉のある熱処理ゾーンの天井には、二基の換気扇(ベンチレーター)が設置してあった。

本件焼鈍炉は、縦の最大幅四・五メートル、横の最大幅二・五五メートル、全体の高さ六・七三メートルで、炉体の下半分が本件ピット内に入っていて、地上部との接点から上方が加熱帯、下方が冷却帯になっており、底部は油槽に接続し、本件焼鈍炉上部の巻出機から炉内に入った金属材料は、加熱帯から冷却帯を経由して油槽に入り、油槽出口から本件ピット内に出て、地上部にある巻取機で巻き取られる構造になっている。

(二) 本件ピットについて

本件ピットは、底面及び四方がコンクリート製で、大きさは縦三メートル、横一・五メートル、深さ三メートルであり、本件事故当時、ピット内には、排気設備等は設けられておらず、また、酸素を消費したり、空気を置換する可能性のあるものもなかったが、ピット内の炉体の下部には油槽があり、そのため壁面、床面ともに油が染みた状態であった。油槽のオイルは銅合金圧延油で、揮発性はない。

千葉工場では、油槽のオイル面が油槽上端から約七センチメートルまで減った場合には、オイルを補充することになっており、大土、簾内等の現場責任者が補充していたが、場合によっては大土等の指導、監督の下、亡太郎や小林も行っていた。

3  本件焼鈍炉で使用するガス及びその調整について

証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 焼鈍を行う際、金属材料の酸化を防止するため、炉内に雰囲気ガスを充満させる必要がある。通常使用される雰囲気ガスは、アンモニアガスであるが、鋼種によっては、金属材料に窒素化合物ができることによる光輝度の低下を防止し、又は硬度をより柔化するという焼鈍効果を高めるため、不活性で金属材料と反応しないアルゴンガスを使用する場合もある。

千葉工場においても、アンモニアガスとアルゴンガスを使用していたが、本件事故当時はアルゴンガスを使用して作業を行っていた。

(二) 本件焼鈍炉へのアルゴンガスの送給経路は、屋外に設置してあるアルゴンガスのボンベから一旦圧力流量調整器(以下「ガス調整器」という。)にガスを入れ(一次側)、そこから炉内に送給していた(二次側)。ガス調整器は、二次側の圧力、流量それぞれを調節できるようになっており、一次側の圧力、流量が変動しても二次側の圧力、流量を一定に保つことができる仕組みになっている。

そして、炉内に入るガスの流量は、流量計で計測し、レギュレーターのガス圧及びニードルバルブで調整する。

また、炉内ガス圧は、マノメーター(水の入ったチューブをU字型にした装置)により水頭圧差で表示されることになっており、炉内ガス圧の調整は、供給圧力及び流量という炉内へのガス流入時の調整と、シール部及び排出口という炉内からのガス排出時の調整の両面で行っている。いずれもニードルバルブやネジの開閉で調整するが、排出時の調整は、本件焼鈍炉の稼働時に調整した後は、材料を通す度に調整はせず、通常は、二次側のガスの供給圧力と流量を調節して、炉内のガス圧力がアンモニアガスの場合は五〇ないし七〇mm/H2O、アルゴンガスの場合は三〇ないし五〇mm/H2Oに設定し、そのため、炉内へのガスの供給圧力及び流量をそれぞれ一・五kg/cm2、四五ないし五〇NI(ママ)(ノルマルリットル)/mmに設定していた。

4  本件事故当日の夜勤体制、本件事故の経緯、状況について

証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成六年一〇月二四日の一直勤務は、大土、津谷、小林、二直は、大川、亡太郎で、簾内は、転勤の引継ぎ等のため代休をとっていた。亡太郎と大川は、同月二三日から二直の勤務に従事し、翌二四日午前七時ころ帰宅し、同日午後六時三〇分ころ出勤して、翌二五日午前七時三〇分すぎころまで二直の勤務をしていた。

二五日は、一直が大土、小林、二直が亡太郎、大川で、亡太郎が熱処理作業、大川が脱脂作業に従事し、また、切断作業には鶴岡が、第二製造係は、圧延作業に佐藤道義、今井洋、渡部重男(以下「渡部」という。)、高橋渡が、第一製造係は、圧延作業に山口浩二、北島和人がそれぞれ従事していた。

亡太郎は、二五日午前七時ころ、二直の勤務を終えて帰宅したが、大川は午前七時に来る予定の一直に引き継ぎをするため、亡太郎が帰宅した後もしばらく残っていたところ、進行中の焼鈍が終わるころになっても一直の従業員が来なかったので、その次の製造指示書の受注番号六四〇九四五〇のSUS材コイルの焼鈍を始めようと思い、午前七時一五分に一コイル目をセットし、つなぎ作業をした後にコイルを流し始めた。この際、製造指示書では、アルゴンガスを用いることになっていたが、大川は、アルゴンガスに置換することなくアンモニアガスのまま焼鈍を始め、一直の小林に引き継いで帰宅した。

(二) その後、製造指示書に反してアルゴンガスへの置換がされていないことを大土が気付き、小林に対し、一コイル目の焼鈍が終わったところでアルゴンガスに変(ママ)えるよう指示し、小林は、同日午前一〇時五五分ころ、アンモニアガスからアルゴンガスへの置換作業を行った。

本来は、アンモニアガスからアルゴンガスへの置換は、大土、簾内等現場責任者の指導の下で行うことになっており、小林は、それまで一人でガスの置換及びガス圧等の調整を行ったことがなかったが、自分がメモしていた作業ノートを見ながらガスの置換及びガス圧等の調整を行った。

アンモニアガスからアルゴンガスへの置換後、一直の小林が午前一一時四五分から午後六時五〇分までの間に、二コイル目と三コイル目を終了させ、午後七時に四コイル目をセットして、午後七時三〇分に帰宅した。

(三) 二直勤務の大川は同日午後七時ころ出勤し、その時、受注番号六四〇九四五〇の作業は継続していたが、引き継ぎの際、大土からアンモニアガスではなくアルゴンガスを使用する旨指摘された。

そして、亡太郎も午後六時三七分に出勤し、午後七時から七時一五分の間梱包作業を手伝った後、四コイル目からの作業を引き継ぎ、切断作業の手伝いや本件焼鈍室内のペンキ塗り作業を行ってから、午後一〇時二五分に四コイル目の焼鈍が終わったため、四コイル目と五コイル目のつなぎ作業を一人で行い、五コイル目の焼鈍を始めた。

一方、脱脂作業に従事していた大川は、午後一〇時三〇分すぎころ、亡太郎が、本件ピット内に入ってワイパーのごみ取りをしているところを見て、すぐに脱脂作業に戻ったが、仕事が溜まっていたことから、午後一一時から午前零時までの間の夜勤の休憩時間を変更して、午前零時三〇分から休憩に入った。

(四) 大川は、二六日午前零時三〇分ころから、食堂で夜食を取っていたが、亡太郎の姿が見えないことに気づき、同人を捜しながら、午前一時ころ、本件焼鈍炉のステージへの階段を数段上がった所で、本件ピット内で倒れている亡太郎を発見した。

すぐに大川が本件ピット内に降りると、亡太郎は、廃油溜めの方へ頭を向け、うつぶせで倒れており、そのため大川は、隣の切断室で作業していた鶴岡を大声で呼ぶとともに、救急車と他の従業員の応援を求めた。その後、亡太郎を抱き起こそうとした大川は、胸を強く圧迫されるような感じを受け、急に息苦しくなって意識を失い、鶴岡の連絡で駆けつけた第二製造係長の渡部らによって亡太郎とともに救出された。その際、渡部らも本件ピット内が息苦しいのに気づいたため、息を止めて救出作業を行い、また他の従業員が備え付けられていた酸素呼吸(ママ)器を使用しようとしたが、結局使用できなかった。

被告から同日午前一時一二分に一一九番通報があり、救急車が午前一時一七分に到着し、救急隊員が本件ピットに赴くと、被告従業員三名が亡太郎を本件ピットから引き上げ救出しているところであり、すぐに亡太郎を救急車に搬送したが、すでに自発呼吸も脈もなく、午前一時四八分に千葉県救急医療センターに搬送された時点でも呼吸及び心拍が停止しており、蘇生措置が講じられたが、午前二時五分に死亡が確認された。

なお、本件機械は連絡を受けて駆けつけた簾内が停止させたが、その際、同人は、ガス調整器の供給圧力計が通常の一・五kg/cm2を超えて一・九kg/cm2になっており、油槽のオイル面も下がっていて補給が必要な状態にまでなっているのを確認している。

5  亡太郎の死因及び本件事故原因について

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によれば、亡太郎は、本件事故前の健康診断において、特段の異常は認められておらず、亡太郎が本件ピットから救出された後搬送された千葉県救急医療センター医師中村達雄の診察では、亡太郎の身体に外傷はなく、心臓死に特徴的な肺の鬱血も見られなかったのに対し、血液検査ではGOT値が一九六〇、GPT値が二一八五、LD値が一五一二と通常値より桁違いに高く、窒息死を窺わせる所見が得られ、本件事故時の状況にも照らして酸欠死と診断されたこと、解剖に当たった医師木内政寛によっても、亡太郎には、致命傷になる外傷は認められず、眼瞼結膜・食道・気管・胃内膜等が鬱血状を呈しており、心臓・肺表面に溢血点、溢血斑が発現している等窒息死の所見が顕著に認められ、絞頸・鼻孔閉塞・圧死等の痕跡が認められないことから酸欠死の疑いが極めて高いと診断されていること、亡太郎を救出しようとした大川ほか他の従業員も息苦しさを感じていること、大川も本件ピット内で意識を失っているが、大川を診察した最成病院の医師中信一は、諸検査の結果低酸素状態に置かれたことを窺わせる血圧、脈搏等の異常所見以外特に異常が認められず、意識消失時の客観的状況からも大川の症状を低酸素血症と診断していることが認められ、前述のとおり本件事故当時本件焼鈍炉ではアルゴンガスが使用されていたが、本件事故現場で空気よりも重いガスはアルゴンガスしかないこと、本件ピット内に酸素を消費したり空気を置換する可能性のあるものは存しないこと、そして右2ないし4で認定した事実をも総合して考えれば、亡太郎の死因は、本件ピット内にアルゴンガスが漏れて滞留したため、酸欠死したものと認めるのが相当である。

(二) 被告は、亡太郎が酸欠死したことは認めるものの、アルゴンガスの本件ピット内への漏出、滞留や亡太郎の作業状況、同人が本件ピット内に立ち入った理由などが不明であり、千葉工場及び本件事故後被告に設置された事故調査委員会(委員長近藤則行)が、本件ピットにおいて行った実験の結果でも、アルゴンガス漏れ(油槽におけるバブリング)が発生せず、酸素濃度の異常も見られなかった(<証拠・人証略>)こと等から、本件事故の原因、態様は不明であると主張する。

しかしながら、亡太郎の本件事故当日の作業、行動については前述したとおりであり、四コイル目から五コイル目へのつなぎ作業を一〇月二五日午後一〇時二五分ころに行い、午後一〇時三〇分ころには本件ピット内でつなぎ作業後のワイパーのごみ取り作業を行っているのを大川が確認している。その後翌朝(ママ)一時ころ、本件ピット内で倒れているのが発見されるまでその姿は目撃されていないが、証拠(<証拠・人証略>)によれば、作業員が本件ピット内で行う作業としては、つなぎ作業の前後でオイル切りワイパーに付着したごみの清掃、油槽のオイル面の確認、ピット内の貯留槽に溜まった油や水の汲み取り等があるが、オイル面の確認は当該勤務(一直又は二直)の最後に行い、貯留槽の汲み取りは、月に一回程度行われるにすぎないのであって、亡太郎がオイル切りワイパーのごみ取り作業の後、本件ピットを出たとすれば、再びピット内に立ち入る必要性はないこと、本件事故直後、簾内が機械を止めた時は五コイル目が流れている状態で、四コイル目と五コイル目のつなぎ作業は正常に行われており、製品にも特に異常はなかったこと、亡太郎が記載していた作業日報(<証拠略>)には、四コイル目の作業終了時間は「22:25」と記載されているが、五コイル目の作業開始時間については「22」とだけ記入され、以後の記載のないことが認められるのであって、これらからすれば、亡太郎は、四コイル目から五コイル目へのつなぎ作業に当たって、あらかじめ五コイル目の作業開始時間の「22」だけを記入して四コイル目と五コイル目のつなぎ作業を行い、その後本件ピット内に降りて、午後一〇時三〇分ころワイパーのごみ取り作業をしているところを大川に目撃された後間もなく、本件ピットを出ることなく、ピット内で本件事故に遭ったものと推認することができる。

(三) 次に、アルゴンガスが本件ピット内に漏出した原因については、本件事故後の検査では、本件焼鈍炉の計器類に異常や故障は認められず、配管や計器のつなぎ部分等からのガス漏れも発見されておらず(<証拠・人証略>)、また、前述のとおりアルゴンガス漏れ実験の結果では、千葉工場の標準作業条件(ガス調整器圧力一・五kg/cm2、調整器ガス流量五〇NI(ママ)/min)で長時間本件焼鈍炉を稼働させた場合でも、本件ピット内の酸素濃度に異常は見られず、油槽におけるバブリングも認められていない(<証拠略>の実験1ないし3、12)。

しかしながら、一方では、一旦、標準作業条件(ガス調整器圧力一・五kg/cm2、ガス流量五〇NI(ママ)/H2O(ママ)、マノメーター圧四〇ないし四五mm/H2O、)で安定させた後、ガス調整器圧力を本件事故後に簾内が確認した値一・九kg/cm2に設定し、本件焼鈍室の窓と扉を全閉し、天井のベンチレーターも止めて一二時間アルゴンガスを流し続けたところ、ガス流量六二NI(ママ)/H2O(ママ)、マノメーター圧七五ないし八二mm/H2Oとなって、ガス漏れが発生し始め、その二時間後には、酸素濃度が一八・二パーセント(ピット底部から七〇センチメートル)に低下したこと(実験5)、また、同実験7、10及び被告が東洋酸素株式会社に依頼して行った調査では、ガス調整器の一次圧と二次圧の反比例現象(圧力変動特性)、すなわち、ガス調整器の一次側(ガスボンベ側)のガス圧が低下すると、二次側(炉への供給側)のガス圧が上昇し、ガス流量も増加してマノメーターの値(炉内圧力)も上昇するというガス調整器の圧力変動特性の存在が窺われ、さらに、右実験では、マノメーターのガス圧(炉内圧力)が七五ないし八二mm/H2Oになるとアルゴンガス漏れ(バブリング)が発生すること(実験4ないし6、11、12)、長時間本件焼鈍炉を稼働させ、アルゴンガスを流し続けると、本件焼鈍炉の排気口及び金属材料入口のシール部に排気を妨げ、炉内圧力を上昇させる気密タイト化現象が発生すること(実験11)なども認められるのである(<証拠・人証略>)。

また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告では、従業員はマノメーターの正確な測定方法(マノメーターの高低両水面の水頭圧差を測る。)ではなく、片側の数値だけを読んでいたことから、右実験における正確な炉内圧力の設定に疑問があること、右実験では油槽のオイル面の位置がはっきりしていないが、オイル面の位置によって、ガス漏れの発生は大きく左右されること、送給ガス流量についても、右実験では、当初の作業条件をガスの供給圧力一・五kg/cm2、ガス流量五〇NI(ママ)/minと設定した上で、供給圧力や流量を変化させているところ、右設定条件は、被告の標準作業条件であり、小林が運転日誌に記入し事故調査委員会に報告した数値であって、本件事故当日の午前一〇時五五分ころ、一コイル目から二コイル目のつなぎの際アンモニアガスからアルゴンガスへの置換及びガス圧、ガス流量の調整を行った小林が、正確にガス圧及びガス流量の調整をし、かつ、ボンベの圧力が設定時からある程度安定していることを前提としているものの、前述のとおり、小林は、本件事故当日、右ガスの置換及びガス圧の調整を初めて一人で行ったもので、作業手順や装置も正確には把握しておらず、作業に習熟していなかったと(ママ)ことからすると、小林がガス圧、ガス流量の調整を誤り、最初から一・九kg/cm2に供給圧力を設定した可能性があることなども認められるのであって、これらによれば、本件ピット内の酸素濃度に異常は見られなかったとする右実験結果をそのまま受け入れることはできない。

かえって、当初一・五kg/cm2に設定されたガス供給圧力が、ガス調整器の圧力変動特性があるにしても、自然に一・九kg/cm2まで上昇することは通常考えられないことからすれば、小林が当初からガス圧を一・九kg/cm2に設定してしまった可能性があり、また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、前記実験では、天井のベンチレーターを稼働させ、焼鈍炉室の二か所ある出入口ドアを開放して空気の通りを良くしたり、扇風機で本件ピット内に風を送り込んだとしても、本件ピット内の酸欠状態は解消しなかったうえ、本件事故当時、ベンチレーターは稼働しておらず、本件焼鈍室及び本件ピットには、特段の排気装置も設置されていなかったことが認められ、換気の点では前記実験5の状況とそれ程相違はなかったと考えられること、さらに実験5では一二時間経過後にガス漏れ(バブリング)が発生しているが、本件事故も、小林がアルゴンガスへの置換を行った二五日午前一〇時五五分ないし一一時四五分から約一二時間経過後に発生していることなどからすれば、本件事故時の状況は、実験5の状況に極めて近かったということができるのである。

(四) そして、本件ピット内にアルゴンガスが漏出する原因としては、炉内圧力が上昇しすぎた場合に炉下部に接続する油槽から漏出するか、あるいは油槽のオイルが不足して、炉内圧力とオイル圧とのバランスが崩れた場合に漏出することが考えられるところ(<証拠略>)、本件事故発見後のガス供給圧力が通常よりも高い約一・九kg/cm2になっていたことからすれば、ガス流量も増加していたものと思われ、これに前述したガス調整器の圧力変動特性や気密タイト化現象なども加わって炉内圧力が急激に上昇したことが考えられる。

さらに、証拠(<証拠・人証略>)によれば、小林は、亡太郎と交代する際、本件ピット内の油槽のオイル面がかなり下がっていて(上端から約七・五センチメートル)、補給しなければならないところになっていたので、大土にオイルがかなり少なくなっていると報告したものの、結局補給は行われず、前述したとおり、本件事故後に、簾内もオイル面が低下して補給の必要な状態であることを確認していること、秋田工場の酸欠事故でも、ピット内の油槽のオイル量を減らしていたことがアルゴンガス漏出の一因であったことが認められるのであって、これもまたアルゴンガス漏出の原因となった可能性が考えられる。

(五) 以上によれば、本件ピット内にアルゴンガスが漏出、滞留した原因は、右のように、本件事故当時、炉内圧力の上昇とオイル面の低下という相乗効果によって、炉内圧力とオイル圧とのバランスが崩れて油槽からアルゴンガスが漏れ、空気より比重が重いため閉鎖的な構造の本件ピット内に滞留したと考えるのが相当である。

そして、後述のとおり、大川、小林とも、本件ピット内での酸欠状態発生の危険性についての認識に乏しく、また、亡太郎の死亡時のGB(ヘモグロビン)値は一六・〇、CT(ヘマトクリット)値は六〇・八と異常値を示していて、亡太郎が慢性的低酸素暴露状態で、低酸素状態に慣れて鈍感になっていたことが窺われることからも(<証拠略>)、ワイパーの清掃のため本件ピット内に立ち入った亡太郎が多少息苦しさを感じながらも作業を続け、仮に油槽からのアルゴンガスの漏出(バブリング)があったとしても、それを本件ピット内の酸欠と結びつけることができず、直ちに本件ピット外に退避するなどの行動に出なかったため、酸素欠乏に陥って倒れ、そのまま酸欠死したものと推認されるのである。

二  争点2(被告の責任の有無)について

1  前述のとおり、被告は、本件焼鈍炉に流す雰囲気ガスとして、アンモニアガスとアルゴンガスを使用して、炉下部のエッジ部分からのガス漏出のおそれに対しては、本件ピット内に油槽を設置し、その中に右エッジ部分をつけてオイルシールの圧力でガス漏れを防ぐ方法をとっていたが、炉内ガス圧が高くなるほど、また、油槽のオイル量が少なくなるほど、エッジ部分からのガス漏れが生じやすくなり、また、本件ピットは建物床面から下に三メートルの深さで設けられた閉鎖的な構造で、格別の排気装置もなく、空気より比重の重いアルゴンガスが漏出した場合には、ピット内に滞留しやすく、酸欠状態になるおそれが高い(これは、本件ピットが密閉されているか否かによって違わない。)と考えられることからすれば、被告としては、アルゴンガスによる酸欠事故を防止し、従業員の生命・身体を守るべき注意義務があり、そのためには、千葉工場で使用されるガスの性質、危険性、酸欠事故の発生の可能性と酸欠状態発生のメカニズムについて従業員に周知徹底させ、本件ピットにおける炉内ガス圧の調整、油槽のオイル量の確認、調整を適切に行うと共に、マノメーター、酸素濃度計等の計器類の事前確認、二名作業体制等の安全管理体制の確立、酸欠事故が発生した場合の救助システムの確立を図り、また、本件焼鈍炉においてガス漏れが発生する場合に備えて、常設の酸素濃度計及び酸素濃度が低下し過ぎたり、油槽のオイル量が減少し過ぎた場合の警報装置、強制排気装置ないし外気導入装置等を設置して酸欠事故を防ぐべき雇用契約上の注意義務(安全配慮義務)があるといえる。

また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、斉藤が秋田工場長をしていた昭和六二年五月五日、秋田工場で、焼鈍炉に取り付けた防虫室のドア工事に来た外部作業員が、焼鈍炉の密閉式の深さ一メートルのピット内に物を落としたため、鉄板の蓋を開けてピットの中に入ったところ、酸欠により死亡するという事故が発生しており、右事故の原因は、作業員が溶接工事を行う予定であったことから、焼鈍炉に不燃性のアルゴンガスを使用し、しかも作業後のオイル交換のために、ピット内の油槽のオイルレベルを基準よりもかなり低くしていたことから、焼鈍炉内のアルゴンガスが油槽から漏れてピット内に滞留し、酸欠状態になっていたためであること、そのため、秋田工場では、酸欠事故対策として、オイルレベルゲイジの取り付け、ピット内の排気用ファン(強制排気装置)の取り付け、チェックシートによる点検管理の実施(安全確認システムの確立)、酸素濃度測定器の設置とピット立入りの際の酸素濃度の測定等の安全対策を講じたことが認められるのであって、密閉式ではないとしても、深さが三メートルと深く、閉鎖的な構造で、ワイパーの清掃や廃油の汲み取り等の作業で頻繁に立ち入る必要のあった本件ピットについても、前述したような安全管理体制の確立や安全装置の設置の必要性は高かったものということができる。

2  しかるに、千葉工場では、責任者の斉藤以下、アルゴンガスの危険性及び本件ピットにおける酸欠の可能性についての認識が不十分で、斉藤は、「ガスの危険性については、アンモニア分解ガスは水素が七五パーセント含まれており、爆発の危険があるということ、アルゴンガスは爆発の危険性はないが、空気よりも重く、アルゴンガス自体に酸素を含んでいないことは知っていた。」と、アルゴンガスの一般的な性質については認識していたものの、「アルゴンガスの危険性及び酸欠の可能性についてはほとんど認識していなかった。」、「千葉工場では、本件ピットの上部が開放状態でガスが拡散してしまい、下に沈殿するとは思っておらず、また、それまで本件ピット内の酸素濃度が異常であるとの報告がされていなかったので、酸欠事故の発生を予測できなかった。」(<人証略>)などと、アルゴンガスの危険性及び酸欠の可能性についての認識に欠けており、また、次長の守も、「アルゴンガスに対する認識は、不燃性のガスで人体に影響を及ぼさない、無色無臭で空気よりも重いという程度」で、「焼鈍炉で使用するガスについては、アンモニアガスは爆発性があること、アルゴンガスは空気よりも重く、ピット内に溜まると酸欠状態になるという認識はあった。」などと、アルゴンガスによる酸欠の危険性についての認識は一応あったものの、未だ抽象的なものにとどまり、「日常業務の中でガス漏れがどの程度起こっているかについてはほとんど意識したことがなかった。」(<証拠・人証略>)とするなど、具体的な酸欠の危険性についての認識、予測に欠けていたものといえる。

そして、現場責任者である大土も、「アルゴンガスの危険性については、空気よりも重く、ピット内に溜まると酸欠になるということは知っていたので、ガス漏れが起こらないように注意していた。」とする一方で、「アルゴンガスは不活性で無臭であり、安全という認識があり、したがって酸欠ということは考えていなかった。」としており(<証拠・人証略>)、また、簾内も、「大土から、アルゴンガスは不活性で毒性もないが、空気よりも重いので、ピット内に溜まると酸欠になると教わっていたので注意していた。」とする一方、「アルゴンガスに毒性、爆発性がないことや、平成六年ころはアルゴンガスの使用割合が年に数回程度と低かったことから、アルゴンガスの危険性について油断していた。」(<証拠略>)としており、千葉工場では、責任者らに、アルゴンガスの危険性に対する認識及びガス漏れによる酸欠の具体的危険性についての認識、予測が不十分であったことが明らかである。

3  また、証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告では、入社後約一週間、新入社員研修があり、新入社員に対し、会社の施設、組織や業務の概要、材料の特性等の一般的な教育をし、その後二、三週間、各部署で実際の作業工程の研修をし、五月の連休明けころから二、三ケ月間は、各人の配属先で、実際の作業手順等の実地指導をマンツーマンで行うことになっており、亡太郎の場合は、四月上旬から八月上旬ころまでの間、大土及び簾内等の指揮監督の下、熱処理作業手順や安全面等の実地指導を受けていることが認められるが、前述したような責任者らのアルゴンガス及び酸欠事故に対する認識不足から、焼鈍現場における実地指導においても、アルゴンガスの危険性及び酸欠の可能性とその予防についての教育指導は十分とはいえず、証拠(<証拠・人証略>)によれば、斉藤以下現場責任者らは、亡太郎ら作業員に対し、アンモニアガスについては、爆発の可能性があるので、ガス圧、流量、オイルの確認を常に記録するよう指示していたものの、アルゴンガスについては、比重が空気より重いので下に溜まりやすいという一般的性質を教え、油槽でバブリングが発生した場合には上司に連絡するよう指示するにとどまり、ガス漏れ及び酸欠状態発生の原理や具体的なおそれに関する指導、教育はしておらず、また大土は、本件ピット内に入る際は注意するように指導をしていたが、それは本件ピット内で滑ったり怪我をしたりすることを念頭においたもので、酸欠のおそれを理由とするものではなかったことが認められる。

そのため、小林は、「ガスの危険性については、アンモニアを分解したガスは引火しやすいので気を付けるように指示があったが、アルゴンガスの危険性については教示されなかった。従業員らは、アルゴンガスがそれなりに危険なガスであるとの認識はあったものの、どのように危険であるのかや、アルゴンガスがピット内に溜まって酸欠状態になることも知らなかった。」、「焼鈍炉内のガスは、通常は焼鈍炉の上部の排出口から排出されるが、焼鈍炉内のガス圧が高くなりすぎたり、油槽の油面が下がりすぎたりすると、焼鈍炉の下部のスカート部からガスが漏れ、油槽を通って油面からガスが出てくることを大土係長から教えられて知っており、実際、つなぎ作業を終えてコイルを流し始めると、つなぎ面が油面を揺らし、その時に油面からボコッとガスが出てくることがあったが、あまり危ないといった意識はなかった。」などと(<証拠略>)、アルゴンガスの危険性や酸欠の可能性については具体的に認識しておらず、また、入社二年目の大川も、「大土係長や簾内から、焼鈍炉内のガス圧が高くなりすぎると、油槽からアルゴンガスが漏れて酸欠になる可能性があるということを聞いていたので、ガス圧の調整については注意していた。」とする一方で、「マノメーターの調整がうまくいかない時に、油槽からボコボコと泡が出てガスが漏れたのを何回か見たが、大土係長や簾内から、本件ピットに入る度に酸素濃度計で酸素濃度を測れとかガスマスクをつけろなどといった指示が出ていたわけではなく、秋田工場でピット内が酸欠状態になり死亡事故が起きたことも聞いていなかったので、酸欠に対する危険性の認識は非常に薄かった。」、「アンモニアガスの場合は爆発の危険性があると言うことは聞いているが、アルゴンガスの場合は、危険性が高いということは聞いていたものの、その具体的内容については知らず、アルゴンガスが空気より重くピット内に溜まると酸欠のおそれがあるということを聞いたことはなかった。」、「アルゴンガスが本件ピット内に漏出し、溜まることも知らなかった。」、「それまで本件ピット内で事故はなかったこともあり、危険だという認識はそれ程なかった。」とする(<証拠・人証略>)など、経験の浅い現場作業員にアルゴンガスの危険性及び酸欠の危険性が周知徹底されていたとは到底言い難く、このことは、亡太郎についても同様であったことは想像に難くない。

亡太郎は、配属された現場で指導を受けた際、メモした作業手順の文書に「アルゴンガス使用時はピット内に充分注意すること」と記載している(<証拠略>)が、以上の事実に鑑みれば、具体的なアルゴンガス漏れ及びこれによる酸欠の危険性についての認識はなかったものと考えられる。

4  そして、以上認定してきた事実並びに証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件事故当時、千葉工場では、ガス漏れ事故防止対策として、ガス圧の調整(圧力計、流量計の確認とマノメーターによる炉内圧の管理)、オイルレベルの管理と、携帯式酸素測定器での本件ピット内の酸素濃度の測定等の安全管理対策を採っていたが、このうち、ガス圧の調整は、ガス漏れ防止という安全管理の点において特に重要であり、かつ、ガスの供給圧力や流量の調整等の作業にはある程度の技術が必要で、しかも、炉内圧力を一旦設定しても安定せず、急激に上昇することもあり、本件事故以前にも、ガス圧の調整をしている際等に本件ピット内の油槽でバブリングしたことがあったことから、経験の浅い作業者には一人で調整をさせず、大土、簾内、津谷の誰かが立ち会って指揮・監督をすることになっていたにもかかわらず、実際には、大土等が忙しいような場合には、大川らが一人で調整を行ったことも何度かあり、本件事故当日も、小林が一人でアンモニアガスからアルゴンガスへの切り替えとガス量、ガス圧の調整を行っていて、千葉工場においては、ガス圧の調整の際の指導が徹底されていなかった。

また、マノメーターや圧力計、流量計等の計器類の確認も、大土ら現場責任者は、本件ピットに入る前に計器類を確認するよう指示していたが、実際には遵守されず、大川や小林ら作業員は本件ピットに入る前には計器を確認しておらず、ピット内での作業を終えて、ピットから出た後にマノメーターや流量計等を確認していた。

(二) 本件事故当時、千葉工場には携帯式の酸素測定器があり、守が大土に責任者として一日一回酸素測定を行うよう指示していたが、平成五年ころまではアルゴンガスはほとんど使用していなかったため、本件事故当時は、週に一、二回程度、大土や簾内が気がついたときに測定する程度で、アルゴンガスが漏出した場合にどのように本件ピット内の酸素濃度が低下するかもわからないまま、どのような方法で酸素濃度を測定すれば酸欠事故を防止できるのか深く考えることなく行っており、大土、簾内、津谷以外の作業員は、酸素測定器の存在すら知らなかった。また、本件焼鈍炉を設置した際、製造元の日立金属から本件ピット内に酸素メーターの設置が必要であると言われていたにもかかわらず、常設の酸素濃度計を設置することもしなかった。

(三) 千葉工場では、油槽のオイル量が減るとガス漏れが発生しやすいことから、一直と二直の勤務交替時にオイル量を測定して、油槽上端から七センチメートル以下になったらオイルを補給することとされていたが、その数値の具体的根拠についての説明は現場責任者にもされておらず、しかもオイルレベルの管理は、作業員が目視で目盛りを測るだけのもので、読み方によって差が生じ、材料の種類や容積等によっても変化することや、一度の勤務でオイル面が〇・五センチメートル以上下がることも稀ではなかったにもかかわらず、オイルレベルゲージを設置し、補給レベルまでオイル量が低下した時に自動的に警報を鳴らすといった徹底した管理は行われていなかった。

(四) 秋田工場では、酸欠事故後、チェックシートによる点検管理体制がとられたが、千葉工場ではそのような体制はとられておらず、作業員に作業日報や運転日誌を記載させてはいたが、管理者がそれを確認することはなく、また、マノメーターやオイルレベルについても、作業終了時(一直と二直の作業終了時)に運転日誌や作業日報に記載させるにとどまり、本件ピット内に入る度毎の数値を記入させるような指導はされておらず、酸素濃度については測定値を運転日誌等に記載させることすらしていなかった。また、ガス供給圧力については、本来は実際に流れているガスの供給圧力を記入すべきであるのに、運転日誌には、アルゴンガスを使用した場合でも、第一次、第二次圧力ともにアンモニアガスの供給圧力を記入するような指導がなされていた。

さらに、現場での実地指導は、指導を受ける作業員が指導事項を書き取る方式でなされていたが、作業手順や安全確認方法を明文化して指導することはされておらず、アンモニアガスを使用する場合の作業手順は現場に備え付けられていたものの、アルゴンガスについてはなされていなかった。

(五) 千葉工場では、安全面等から、特に夜勤では、本件ピット内での作業は二人一組で行い、一人が本件ピット内で作業しているときは、もう一人は上で確認するよう指示していたが、その理由は必ずしも酸欠事故の危険性を考えてのものではなく、また右確認を作業員に徹底していなかったため、実際には守られておらず、これに対して会社が注意をすることもなく、また、休憩時間をずらして一人で作業することについても特に注意してはいなかった。

(六) さらに、千葉工場では、作業員が酸素欠乏状態になったときの対処(被害者の救出、連絡、対応等)についての教育をしておらず、酸素吸入器の使い方も徹底して教えていなかったため、本件でも、亡太郎の救助に当たった大川は、これを使用することを思いつかず、また、他の従業員も酸素吸入器を使用しようとしたが、結局使用できなかった。

(七) また、本件事故以前、本件焼鈍炉に設けられた安全装置は、酸素呼吸(ママ)器、マノメーター(一個)、携帯式酸素測定器程度で、常設の酸素濃度計や本件ピット内の排気装置、警報装置等は設置されておらず、照明も不十分で、アルゴンガスの危険性や酸欠について作業員の注意を喚起するような掲示板等もなかった。

(八) 秋田工場では竪型焼鈍炉で前記酸欠事故が起こった後、前述のように種々の酸欠防止対策が講じられたが、千葉工場では、秋田工場における酸欠事故の原因や対策について調査し、本件焼鈍炉における酸欠事故防止対策について検討することすらしておらず、昭和六三年に本件焼鈍炉が設置された際も、ガスの調整を適切に行えば事故は発生しないとの考えから、マノメーターによる炉内ガス圧の測定や、携帯式酸素測定器による酸素濃度の測定、酸素呼吸(ママ)器の設置以外には安全対策を講じていなかった。

そして、秋田工場における酸欠事故当時の責任者であった斉藤が平成六年九月に千葉工場の責任者になった時も、斉藤は、千葉工場の本件焼鈍炉には警報付オイルレベルゲージが取り付けられていないこと、本件ピット内に排気ファンが取り付けられていないこと、携帯式酸素濃度計が備え付けられてあるものの、作業員が本件ピットに立ち入る度に酸素濃度を測定しているわけではないことを認識したにもかかわらず、秋田工場のピットと本件ピットの構造上の相違等から、酸欠事故は起こらないと考え、特に新たな安全対策を講じないまま、本件焼鈍炉を稼働させていた。

5  さらに、証拠(<証拠・人証略>)によれば、本件事故後、千葉工場では、本件ピット内で作業をする際の事前のマノメーター等計器類の確認と確認値の作業記録表への記入の徹底、マノメーター確認後の排気装置の稼働(一分間以上排気装置を稼働させ、本件ピット内の空気を置換する。)、本件ピット内に立ち入る前の酸素濃度の測定、本件ピット内で作業する場合の二人作業体制(作業員が本件ピットに立ち入る時から作業を完了して本件ピットから出るまでの間、監視する。)などの安全対策を講じるとともに、本件ピットに、強制排気装置を設置し、マノメーターを増設し、自動竪型焼鈍炉ガス制御盤を設けてガス圧の自動調節を行うようにし、あわせて自動警報装置を設置し、また、本件ピット内に固定式の酸素濃度計及びO2センサー(三か所)を設置して本件ピット内の酸素濃度を常時表示するとともに、竪型焼鈍炉ガス制御盤と連動して記録、表示を行い、酸素濃度が一八・九パーセント以下で警報器及び排気装置が作動して本件ピット内の強制排気を行うシステムを導入し、さらに、油槽のオイル面が低下し過ぎた場合の警報装置(オイル面センサー)の設置、ロープ、非常縄梯子、酸欠予防心得掲示板の設置、本件ピット上の照明の増設等の措置を講じたことが認められる。

6  以上を総合して考えるに、本件事故は、被告のアルゴンガスの危険性及びアルゴンガス漏れによる酸欠事故の危険性に対する認識が不十分であったため、現場の作業員にかかる危険性の周知がされておらず、しかも酸欠事故防止のための教育指導、安全管理体制や安全装置の設置、酸欠事故発生の場合の対応措置等がいずれも不十分であったために生じたものと認められ、被告が、従業員を酸欠事故の発生するおそれのある場所で作業させていることや実際に秋田工場のピット内で酸欠事故が発生していることを考慮して、ガス圧の調整・管理に十分注意するとともに、計器類の確認や酸素濃度の測定、二人作業体制等の教育指導、安全管理を徹底し、本件ピット内に排気装置や警報装置などの安全装置等を設置していれば、本件事故は発生しなかったものと考えられるのであって、被告には、従業員の生命、身体に対する安全配慮義務を怠った過失が認められ、被告は、本件事故により亡太郎が死亡したことについて、債務不履行ないし不法行為上の責任を負うというべきである。

被告は、本件ピットが労働安全衛生法、同法施行令、酸素欠乏症等防止規則において酸素欠乏危険場所とされておらず、また、従前監督官署からの指導、勧告を受けたこともないと主張するが、酸素欠乏症等防止規則二二条の二によれば、酸素欠乏危険場所の指定の有無にかかわらず、タンク、反応塔等の安全弁等から排出される不活性気体が流入するおそれがあり、かつ、通風又は換気が不十分な場所で労働者を作業させる場合には、不活性気体が当該場所に滞留することを防止するための対策を講じる必要があるとされており(<証拠略>)、また、前述のとおりの本件ピットの構造や、アルゴンガスを使用していることから、本件ピット内にアルゴンガス漏れが生じて滞留するおそれのあることは容易に予測しうると考えられることからすれば、本件ピットが酸素欠乏危険場所に指定されていないことなどをもって、被告の責任が回避されるということは到底できない。

7  ところで、本件事故発生時、亡太郎は、一人で本件ピット内に降りて作業を行っているうえ、本件ピット内に入る際計器類を事前に確認したものとは思われず、このことが本件事故を惹起する一因になったとも考えられるものの、前述のとおり、本件事故当時、被告では、従業員に二人作業体制や計器類の事前確認を徹底するような指導はしておらず、恒常的に一人で作業するような体制がとられていたこと、亡太郎が被告入社後わずか六か月しか経過しておらず、被告から本件ピット内でアルゴンガス漏れによる酸欠事故が発生する可能性を具体的かつ徹底的に教育指導されていたわけではなく、そのため、亡太郎だけでなく、従業員らはアルゴンガスの危険性及び本件ピット内におけるアルゴンガス漏れによる酸欠事故の可能性をそれほど留意することなく本件ピット内に立ち入っていたこと、そして前述したような被告の過失の重大性に鑑みれば、本件では、亡太郎の死亡による損害額の算定に当たって過失相殺をすることは相当でない。

三  争点3(損害)について

1  亡太郎の死亡による損害として、次の(一)及び(二)を認めることができる。

(一) 逸失利益 三七四一万三四〇二円

本件事故当時、亡太郎が一九歳であり、死亡前の平成六年度六か月分の収入が一七二万四七二四円であることに争いはないから、就労可能と考えられる六七歳までの四八年間の逸失利益を、生活費控除率を四〇パーセントとし、中間利息をライプニッツ方式により控除して求めると右金額になる。

3,449,448×(1-0.4)×18.077=37,413,402

(二) 慰謝料 二〇〇〇万円

亡太郎は、本件事故当時一九歳で、被告会社に入社して半年余りで本件事故に遭ったものであり、被告が、酸欠事故が予想される危険な深夜業務に従事させ、酸欠事故防止のための安全教育指導や安全装置の設置等を怠った結果、本件事故が発生したことなどに鑑みれば、亡太郎の死亡に対する慰謝料として二〇〇〇万円を認めるのが相当である。

(三) 葬儀費用

原告は、亡太郎の葬儀費用として、金一五〇万円を請求しているが、原告が右金員を支出したことを認める証拠はなく、証拠(<証拠略>)によれば、被告が、亡太郎の葬儀費用として三八三万一七七〇円を支出していることが認められるので、原告の葬儀費用の請求は理由がない。

2  以上によれば、亡太郎の死亡による損害額の合計は、五七四一万三四〇二円となるところ、原告が、亡太郎の死亡により、労働者災害補償保険から遺族補償年金前払一時金七八八万六〇〇〇円及び葬祭料五一万六五八〇円の合計八四〇万二五八〇円を受領していることに争いはなく、右各金員の支払は損害填(ママ)補の性質を有するから、被告が賠償すべき損害額から右金額を控除すると、被告が原告に賠償すべき損害額は、四九〇一万〇八二二円となる。

3  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として三〇〇万円を認めるのが相当である。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、金五二〇一万〇八二二円及び内金四九〇一万〇八二二円に対する平成六年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を各適用して、平成一〇年一一月九日に終結した口頭弁論に基づいて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 室橋雅仁)

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